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【主催セミナー】石油開発事業への「参入を求める闘い」————ケニア北西部トゥルカナ地域に形成された「資源のフロンティア」における地元の若者たちの挑戦

TINDOWSでは来る9月2日に、太田至先生(京都大学名誉教授)をお招きして、講演を行っていただくことになりました。詳細は以下のとおりです。みなさまのご参加をお待ちしております。

※当日参加ご希望の方は、下記フォームより8月30日(金)までにご登録ください。


日時:

2024年9月2日(月)16時~17時半


会場:

東京大学駒場キャンパス14号館407号室 


要旨:

 20世紀末ごろから世界中でグローバルな資本主義の拡張が顕著になった。先進国の多国籍企業は熱帯降雨林や砂漠、山岳地帯やツンドラ、海洋などの辺境地に進出し、大規模な資源・インフラ開発を行うようになった。一方、その現場では生態学的なバランスが破壊され、現地の人々の生計維持や社会秩序、文化が激動に晒されている。このように、予測が困難な生態学的・社会的変化がダイナミックに生起する地域は「資源のフロンティア(resource frontier)」と呼ばれている。そして何が、どのようなプロセスを経て資源化するのか、資源をコントロールするのは誰なのか、その動態はいかに理解すべきなのかが地域研究の主要な課題として注目されるようになった(たとえばTsing 2003)。

 アフリカ諸国に対する海外からの投資額は、2021年には約830億ドルと過去最高を記録し、各地で巨大なプロジェクトが進行している。2012年3月にケニア政府が発表した「LAPSSET回廊(Lamu Port, South Sudan, Ethiopia Transport corridor)」開発計画は、大規模な資源開発と物流の促進によって経済発展を目指す壮大な計画である(Nyanjom 2014)。この対象地域であるケニア北部では牧畜を主たる生業とする人びとが暮らしてきたが、ここで大型プロジェクトが実施され、資源開発のフロンティアが形成されている(e.g. Schetter et al., 2022)。

 本発表でとりあげるトゥルカナ郡の南部では2010年頃から石油探査と生産がおこなわれ、トゥルカナ湖の南東部(マルサビット郡)では、2006年頃からアフリカ最大の風力発電所の建設が始まり、2019年7月には送電網への電力供給が開始された。また、この周辺では大地溝帯に沿ってオルカリアなどに複数の地熱発電所をつくり、送電網を張り巡らす計画も進んでいる。

 倫理資本主義(ethical capitalism)が提唱されている現在、資源のフロンティアで活動する多国籍企業には、その操業について現地住民に説明し同意を得ることや、現地社会に対して社会的責任(CSR)を果たすことが要請されている。さらに多国籍企業には、さまざまな形で現地の会社に下請け仕事を供与し、現地住民を雇用することも求められている。しかしながら多国籍企業はこうした責任を果たすことを、どちらかといえば「social license to operate」を得るための技術的な問題と考えている。

 資源のフロンティアが形成される辺境地域では、国家の法的な規制がつよく及ばす、制度上の仕組みや行政組織も未整備であることが多い(Rasmussen & Lind 2018; Greiner et al. 2022など)。そのために資源のフロンティアでは、多様なアクターのあいだにさまざまな直接的な交渉が発生し、その成り行きが企業の活動と現地社会に大きな影響を及ぼすことになる。「多様なアクター」とは、現地で操業する多国籍企業や投資家、その下請け仕事をおこなう国外・国内の企業、企業の活動を監視する国内外のNGO、現状を調査して批判する研究者、中央政府や地方政府の政治家や役人たち、KCSPOG(Kenya Civil Society Platform on Oil and Gas)などの市民人権団体、現地のエリートや市民活動家、そして一般の地元民などである。

 本研究の調査地が位置するケニア共和国北西部のトゥルカナ郡(Turkana County)の面積は約6万8000平方メートルであり、人口は92万7000人である(KNBS 2019)。郡庁がおかれているロドワ(Lodwar)の平均降水量は約200mm/年と少なく、大部分が乾燥したサバンナや半砂漠であって農業には適さない。そのために人びとは牧畜を主たる生業とする生活を営んできた。一般的にアフリカの諸国家は、乾燥地域に分布する牧畜社会を開発=発展させることにあまり資金と労力を投入してこなかった。トゥルカナ社会も同様であり、植民地時代からケニア独立後の現在まで、政治的・経済的・文化的に周縁的な位置に置かれてきた歴史がある(e.g. Enns & Bersaglio 2015, Schetter, et al. 2022)。そのため、トゥルカナの人びとは一般的に、中央政府に対して非常に懐疑的な感情をもっている。

 ところが、この地域の南部に位置するロキチャ地域では、多国籍企業のターロウ(Tullow)が2010年頃から原油探査を開始し、2012年3月26日にはその発見が公表された。ケニアの辺境地であったトゥルカナ地域で大規模な石油開発がおこなわれたことは、現地社会に大きな影響を及ぼすことになった。これまでの先行研究は、(1)多国籍企業と現地住民のあいだのコンフリクト(Vasquez 2013; Shilling et al. 2015, Shilling et al. 2016; Shilling et al. 2018; Agade 2014など)、(2)ケニアの地方分権化にともなって権力を拡大した現地の政治家などのエリートと一般住民とのあいだの不平等(Orr 2019; Lind 2018; Lind et al. 2017; Betti 2018; Mkutu & Mdee 2020など)、(3)原油開発にともなう土地の収奪や環境汚染(Mkutu et al. 2019など)、(4)国家と多国籍企業による社会的サービスの提供(Enss & Bersaglio 2015など)、(5)従来の牧畜業と新しい現金稼得活動との関連(Enns & Bersglio 2016など)、(6)地元民が多国籍企業の操業に抵抗し、交渉のテーブルにつかせたこと(Lind 2021; Okenwa 2020など)、などを論じている。なお、Okenwa(2019)は長期にわたる現地調査にもとづいて、現地住民が多国籍企業に対して、どのように自分たちの権利を主張し、何を得たのかを詳細に論じた優秀な博士論文である。

 ターロウは2013年末頃までは、地元の政治家を現地社会の「ゲートキーパー」として扱い、さまざまな便宜を供与することをとおして、自分たちの原油開発活動を推進する環境を整備しようとした。しかし2014年末頃から地元の若者たちが、道路や油井の入口を木の枝や石を使って封鎖し、操業を妨害する事件を起こすようになった。現地の政治家や企業などのエリートが、ターロウの活動から利益を得るのを見てきた若者たちは、「自分たちにも仕事を与えよ」と要求したのである。

 若者たちはまた、2015年の中頃から自分たちの会社を創設し始め、ターロウの下請け仕事を獲得するようになった。彼らは、ネットワークを形成して情報を交換し、ときには団結して、企業と交渉した。そしてターロウの資金を獲得し、自分たちの会社を使って学校の教室や寄宿舎、トイレなどを建設したり、ターロウとその下請け企業が操業のために必要とする車を首都ナイロビまで行って探し出し、その所有者と協力して車を提供する仕事も実施してきた。その過程で若者たちは、お互いに衝突したり、同盟を組んだりしてきた。

 本発表では、こうした若者たちの活動、すなわち、石油探査を実力行使によって妨害し停止させる一方で、交渉をとおして雇用や下請け仕事を獲得・実施してきたことを、「参入を求める闘い」と位置づける(Okenwa 2019, 2020; Lind 2021; Mullins & Wambayi, 2017)。彼らは、みずからの道を切り拓くために「外部世界」と交渉し、自分たちの要求をつよく主張して、まったく経験したことがなかった新しいビジネスの領域に、敢然と立ち向かっていった。

 本発表では、具体例を提示しながら若者たちの「闘い」の軌跡を説明する。また、こうした若者たちの行為は一見したところ暴力的であり、かつ自己の利益を追求する功利的なものに見えるが、それは「交渉を通してさまざまなアクターと関係を構築しようとする試み」であったことを論じたい。

 なお、本研究の実施のためには、JSPS科研費 JP23K11603の助成を受けている。


主催:

環インド洋地域研究プロジェクト東京大学拠点(TINDOWS)


共催:

科研費基盤研究 (C)「ケニアの資源フロンティアにおける現地住民の能動的な未来開拓―実力行使と法廷闘争(研究代表者:太田至(京都大学)、課題番号:JP23K11603)

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